神の留守〜飴細工の川

明るい日差しが
アスファルトに
描かれている横断歩道に
降り注いでいた

凍てつく空気の中を
自転車で走り去る子供

北風に煽られベビーカーの日除けを
深く下ろし歩く母親

地面を一心に突きながら
行きつ戻りつしている鳩

明るく突き刺さる陽射しの元
生ある者の営みが絶えず流れている

その道路で血が流されたのは
ほんの何日か前なのに

何事も無かったかのように
日常は繰り返されていた

カチリと解錠し
ドアを開けると
濃密で重たい草花の香りが
押し寄せてきた

入り口から奥へ向かう左右の壁には
生花がずらりと並んで
その先に繋がる部屋まで続いている

無数の花が放つ細かな粒子を
体に纏わせ 男は足を運んだ

進んだ先の部屋の広い空間は一面、
花で 埋め尽くされていた

毒々しいほど大きく
重たげな黒に近い赤い薔薇
幾重にも細かな襞を重ね
つぼんだフリルの奥底に獲物を静かに
横たえているかのような花
名前もわからない青や黄緑、深緑の草花

ソファ、テーブルなどの上にも
重たげな花がぎっしりと敷き詰められ
その間を緑色の蔦が長々と蔓を張り巡らしていた

美しい花がゴテゴテと
隙間なく置かれた部屋は
禍々しさと凶事を匂い立たせ
ひっそりと立つ男と共鳴しているようだった

男は視線を巡らせる

白やピンクの花は一輪もない

テーブルの一輪の黄色い花に
指先を伸ばし触れた

ひまわり

男はひまわりを手に
バスルームに向かい
足を進めた

その場所も隙間なく花が置かれており
湯気の立ち昇るバスタブにも
花は撒き散らされていた

バスタブの淵に腰掛け
男はひまわりを花で覆われた水面に
降ろし
スッと動かした

水流が花を動かしユラユラと花が
さざめいた

『綺麗だろ？
この時期だけ見られるんだ
花筏って言うんだよ』

『はないかだ…？』

ひまわりをバスタブに落とし
指先を直接、湯面に浸し
水流を起こしている男の背後から
声が聞こえた

「帰らなかった、という事は
気に入ってもらえたのかな」

突然、聞こえた声に驚く事もなく
男はバスタブを見つめ続けていた

「まだ、見てない部屋もあるだろう？
ベッドルームだ
さあ、行こう」

バスタブから男は立ち上がり
鏡の前で立ち止まった

痩せて尖った美しい顔立ち
色白な皮膚は顔から続く喉元まで
白く滑らかだった

ぼんやりと鏡を見る男は
指先で鏡に触れ自分の顔をなぞった

これは…    俺か？

俺は…  こいつか？

「テミン」

目を閉じ花の香りを吸い込んだ

『テミン   また会えるよ』

眩しい光に縁取られた
笑顔が脳裏に浮かび
きつく瞼を閉じた

「テミン  来い」

テミンが目を開けると
鏡は立ち昇る湯気に白く曇っており
自分の顔は見えなくなっていた