eggonewのブログ

SHINeeオニュ的な

渇望〜メビウス〜プロローグ

 

 

 

 

 

 

「ジンギさん…
何をしてもいい…

だけど…優しくして…」

敷かれた布団の上で男を見上げながら
女が言った

 

 

 

 

 

女がジンギを初めて見たのは
梅雨の合間の蒸し暑い日だった

朝から降っていた雨がやみ
強烈な日差しの太陽が顔をだしたが
湿度が下がらず
黙って立っているだけで汗がだくだくと流れた

女は弁当屋で働きはじめたばかりだった

開業して20年以上の古びた弁当屋
客が入る場所はかろうじて空間があるが
調理場やレジ周りには
雑多な道具が山積みになり
2人も客が入ればいっぱいになるような小さな店だった

店主の昔ながらの揚げ物が評判で
値段もこのご時世にしては
破格に安いのでお昼時や夕飯時には
てんてこ舞いな忙しさになった

「いらっしゃいませ!」

夜のピークを過ぎ店じまいの時間近くに
男が現れた

黒い背広に黒いシャツを着て
喉元のボタンを開けているため
喉仏が盛り上がっているのが見えた

闇の中から抜け出て店内に滑り込んだ男は
照明に目を細め
メンチカツを無言で指差した

女は
「メンチカツでよろしいですか?」と
聞いた

すると奥から店主が
「ジンギさん毎度
また、メンチカツかい

野菜も食べないと体に毒だよ
トマトつけてやるからもってきな」
と、声をかけた

ジンギと呼ばれた男は
無表情だった顔を一瞬緩め微かに笑った

「ありがとうございました!」


商品を渡し男を見送り
ふと見ると手渡したはずのお釣りが
置いてあった

「お客様がお釣りを忘れて行かれたので
追いかけてきます!」


ぼんやりと闇を照らす街灯が
ポツリポツリと立つ道路に出た

湿った空気が身体中にまとわりつき
少し走っただけで
女は汗ばんだ

目の前に男が歩いていた
先ほど買ったメンチカツを歩きながら食べているようで手にはトマトを持っていた


女が声をかけようとした瞬間
男はトマトをポトリと落とした
慌てて拾うでもなくそのまま歩き続けた


女は片側が潰れてしまったトマトを拾い
声をかけた

「あの…
お客様! お釣りを忘れてらっしゃいます」

男が立ち止まり振り返った

静かな佇まいなのに
蛇に睨まれているかのように
身動きがとれない圧迫感を感じた

鋭い視線から目が離せないまま
女は立っていた

「あの…これ、お釣りです」

手のひらを開けお金を見せた

男が近づくにつれ
圧迫感が強まり女は立ち尽くした
近くで見ると綺麗な顔立ちだった

意志の強そうな眉
白い綺麗な肌
何もかも諦めているようでいて
何もかも受け入れるような静かな目だった


「………汗…」

男はそう言うと
見上げる女の首筋にすっと指をやり
女の汗をすくった


女は全身の毛穴が総毛立つのを感じ
男から目が離せなかった


立ち尽くす女の左手にあるトマトを
見るとトマトを握った手ごと
口元に持って行った

一口齧るとふいに背をかがめ
女の口に唇を押し当てた


「そのトマト捨てたもんだ
あんたが捨てて」

低い声でそう言うと女の目を見つめ
目元を緩めてふいに笑った


男が立ち去った後もしばらく女は動けなかった


トマトの香りを感じながら
店に戻らなくてはとノロノロ
歩き出した時
お釣りを渡していない事に気がついた