待ち合わせ 11
かつて所有していた立派なグランドピアノとは比べ物にならない
古びたアップライトピアノだった
吸い寄せられるようにピアノに近づき
蓋を開けようと手を伸ばした
「おい」
その声で、自分がどこにいるか思い出し
声の主に向き合った
「歌わせてください!!」
なんの前触れも無しに
深々とお辞儀をし大声で頼みこんでいた
「ハハッ
歌いたい?
ふーん
…歌ってみな」
オニュはもはや考える事も出来ずに
椅子に滑り込み
ピアノの蓋を持ち上げた
現れた白と黒の鍵盤を人差し指でなぞる
オニュは
思いつくまま指を走らせ
気持ちのままに歌った
全ての事を忘れ去り
音楽で体を満たし
甘く透明に
どこにこんな声が潜んでいたかと思わせる
張りのある声が
薄汚れたバーを満たしていた