天泣 19
救急車で搬送されたキーは
怪我の原因を
頑として事故だと言い通した
一緒に付き添ったハニは
救急隊員に言われ
自分の手のひらに走る
ナイフの切り傷に気がついた
処置が終わり
一人マンションに帰ったハニは
室内を見て
唐突に嘔吐感に襲われた
洗面所にもたれ掛かり
鏡の中の自分を見る
美しくとろみのあるブラウスに
血が飛び散り
大切にしていたネックレスの
白い真珠にも血がこびり付いていた
ハニはタオルをもち
室内へ戻った
キーが流した血は
匂いを放ち床に広がっており
悪夢のような時間が
現実だった事を証明していた
バスタオルを床に押し付け
ハニは血を拭っていく
ポタ、ポタ、と涙が零れ落ち
誰に見られる事なく
ハニは泣きながら
血を拭き取り続けた
風通しのためベランダの窓を開け放ち
ハニは夜風に吹かれた
街の灯がキラキラと瞬いている
手すりの下を覗き込むと
真っ暗だった
外したネックレスをポケットから
取り出すと
真珠についた血が見えた
ハニはベランダから腕を伸ばし
握った手のひらを開いた
ネックレスは
闇に落ちハニが目にする事は
二度となかった
翌朝、キーの着替えを詰めようと
気怠い体を無理に
起こし動き出した
柔らかなシャツを手に取り
胸にぎゅっと抱き座り込んだ
あまりにも色々ありすぎて
どこをどう修正すれば
普通に暮らせるのかわからなかった
何から始めればいいのだろう
私があの人のそばにいる事は
正しい事なんだろうか
互いがそばにいる限り
終わりが無いように思えた
電話が鳴り
頬の涙を拭いながら立ち上がる
「ハニ?」
母だった
「キーさん入院したんだって?」